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あの頃とこの頃 (再び) [ishii]

オレには兄貴と呼べる人達が存在する。
ズボンズのドンさんもそうだし、実の兄もそうだし、忘れてはいけないのはザ ジミーガンズの上田君だ。
16〜7歳ぐらいの時、名古屋のPunkレコード屋ロックンロールスインドルで初めて手にしたジミーガンズの4曲入りのカセットテープ。名前からして絶対にクラッシュ直系のバンドだと思った。当時Dollででっかく広告を出していてツアーも精力的にやっていた。ある日ハックフィンの店長さんにジミーガンズが名古屋に来るとのことで対バンする?との話があり是非ともよろしくお願いしますと答えた。

ハックフィンの当日ローディーを含め若きジミーガンズのメンバーがハイエースからおりてきて、凄く悪そうだったので最初はビビったがメンバーも強面のローディーもとても気さくで、すぐに友達になれた。そのライブが終わってから上田君に石井くん静かな所にコーヒーでも飲みに行かないかと誘われた。パンクロックがいかにカッコイイかを話す上田君。オレはそれをうなずいて僕もこう思うんですよとか若造のくせに答えていたら、お前は熱いななんて言われたりした。

初めて神戸にツアーを組んでくれたのもジミーガンズだ。
オレが19歳の頃バンドを解散してから京都に旅に出で、その後神戸の上田君の家にお世話になった。
上田君のおじさんにお寿司をご馳走になり、もう、いたせりつくせりだった。
京都にストリッパーやレイプスのライブも観に行った。

そんな上田君が東京にオレ達が上京した後、友達の住んでいるマンションに転がり込んだ。
しかし、上田君はすぐにそのマンションを出て自立して色々とあやしい仕事をしていたみたいだ。
数年間上田君とオレは合わなかった。オレはオレの音楽をやっていたし上田君は上田君の生き方をつらぬいていた。

オレが名古屋に帰らなきゃならなくなった時と同じ頃、上田君も神戸に帰ることになった。
名古屋でへこんでいるオレに上田君は遊びに来いよとオレは誘われ神戸にも行った。
相変わらずパワフルだった。りゅうちゃん(上田君はオレをこう呼ぶ)才能あるんだから音楽やれよと励ましてくれた。上田君のお母さんが作ってくれた餃子の味は忘れられない。
ありがとう上田君。これからも何かあったら相談に行きます。
良き兄貴でいてください。





Radio [ishii]

子供の頃、夕日が沈みかけたと同時に野球のラジオやTV放送があちらこちらの家から聞こえてきた。
もう、友達とバイバイして、家に帰って夕食を食べる時間の合図のようなものだった。

オレの部屋はスカイパーフェクトTVに入っていない。だからTV中継のない時は実家で見るか、姉からプレゼントされたこの時代遅れのラジオで野球中継を聞くのが楽しみなのだ。(笑)

最近はまたカープ女子とかメジャーリーガーで盛り上がってきている野球(ベースボール)民放のTV局で巨人戦が放送されなくなった時は本当にビックリした。野球ファンが減少しサッカーや他のさまざまな娯楽にみんなの心は奪われたのだろう。野球ファンとしては残念だがこれも時代なのだから仕方がない。

だが、あっと言う間に梅雨が来て、あのむさくるしいが蚊取り線香と花火が似合う夏がやってくる。
子供の頃、少しでも昭和を過ごした人ならきっとわかると思う、大げさなラジオ野球解説者はいまでも健在だし最高だぜ!
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Random Thoughts ー心の向くままにー

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